【第2回】男が体験する陣痛

みなさまご無沙汰しております。さそりです。

先日ご報告いたしましたように、第一子を授かりました。

sasoriman.hatenablog.com 

今日はその日を振り返ってみたいと思います。

 

 

その大前提として、妻は里帰り出産を選択、一時「実家へ帰らせていただきます状態」でした。場所は県外、車でいくと4時間ほどかかります。(生まれた今では赤ちゃんに会えない寂しさがあるものの、今思っても正しい選択だったと思います。)

そしてぼくは当然のごとく実家周辺の土地勘がありません。勝手もわかりません。

完全アウェーなんです。それを踏まえてお読みください。

 

 

7/5 17:00

 前日に「破水したかもしれない」との報告を受けていて、この日は仕事が終わったらすぐにでも向かおうと思っていました。

 定時を迎え、会社で帰り支度をしていながらも、携帯には頻繁にLINEの受信音が鳴っており、常に気にかけざるを得ない状態でした。

 

少し痛いけど、まだかもー。

 

結構痛くなってきたけど、本格的になるとケータイも触れないんだってww

 

そんな内容にもう少しだなぁなんて考えてました。

 

 

7/5 18:30

 帰宅し、ご飯を食べ、シャワーを浴びていると、

 

やばい、連絡できないかもしれない。気を付けて来てね。

 

とLINEが来ていました。

とはいえ、まだ携帯触れているんだ。事故っても怖いし、ゆっくり行こう。なんて思っていました。

 

 

7/5 22:00

レッドブルを2本飲み干し、車の中で一人カラオケ大会を開催してる最中でも連絡は来ず、でも移動中だから気を遣ってくれているのかな、と考えていました。

 

今から思うと少し後悔してます。特段これによって悪くなったことはないですが、分娩室に向かった時に、今まで楽観的に考えていたこととかを全部かき消すくらいの自責の念は生まれます。

 

カラオケ大会のおかげで、「君の知らない物語」がうまくなりました。

 

 

 

 

7/5 23:00

病院に着き、分娩室に向かうと、ほんとに今まで聞いたことないくらいにむせび泣いてました。今思い出しても可哀そうで可哀そうで、あまり残しておきたくないくらいの記憶です。

 

陣痛中は夫のことがうざくなったり、見るものすべてに苛立ちをおぼえると聞いたことがありましたが、妻の場合は真逆で、とにかくぼくがいないと泣いていたようです。

 

男は何もできないと先輩に言われていましたが、ぼくも例に漏れず、ただ手を握って、がんばれとか看護師さんに教えてもらった呼吸法を一緒にやるくらいしかできませんでした。どのくらいの痛みかもわからない、何をどうしてあげればいいのかもわからない、とにかく辛そうに叫んで、泣くんです。ただただあの空間にいるのが辛かったです。

 

 

7/6 3:00

この時はもう眠気と戦っており、妻も陣痛の波が去ると時折眠るようになりました。また陣痛が起きると苦しみだすんですが、ぼくはというと、あの辛い空間に見事に適応し、陣痛が始まるたびにパチンコ屋の店内アナウンスの声で

 

「ダイ 〇〇 ブンベンシツ ! ジンツウ スタートシマシタ !」

 

と頭の中で流れ始めて、頭がおかしくなっていました。

 

そして、ぼくが着いたころに別の分娩室に入った方がいたのですが、この方はなんと4時間ほど経ったこの時間に悟空がスーパーサイヤ人に目覚めたときくらいの雄たけびを上げ、無事に出産を終えてしまいました。

 


ついに変身!!伝説のスーパーサイヤ人

 

ちなみに

 

いだいいだいいだいいだい!!!!いだあぁぁぁぁああい!!!・・・・・フッ・・・・グッ・・・・ぁぁぁぁああ・・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!

 

と叫んでらっしゃいました。あの時のお母さん、ほんとにお疲れさまでした。元気な赤ちゃんとともにドラゴンボールみてください。

 

そんなこともあり、「もうすぐ生まれるのかな」と思ってました。

 

 

7/6 12:00

何度かトイレに立ったりしましたが、ほとんど何もないままお昼になっていました。妻のお母さんがご飯を持ってきてくれましたが、喉を通らず、リポビタンDでここまで耐えてきました。

 

診察と言って、子宮口を測る作業があるのですが、これがどうにもこうにも痛いらしく、妻は診察と聞くだけで涙をポロポロ流していました。実際は涙も枯れて泣いていませんでしたが、辛そうに声をあげるんです。可哀そうでした。

 

この時点で5㎝ほどしか開いておらず、看護師さんは促進剤を勧めてきました。妻はこれ以上痛くなるなら打ちたくないと言っていましたが、正直このまま長くなると見ていられないと思い、なんとか説得し、打ってもらうことにしました。

 

おかげで1時間後には7㎝まで開きあと少しというところまでやってきました。

 

 7/6 15:00

あれだけ痛がっていたのに、もうすぐだと自分でもわかったのか、それとも体力が尽きたのかはわかりませんが、強い陣痛が来ても泣くこともなくなり、静かに耐えていました。あとからもお話ししますが、正直ここが一番感動というか、泣きそうになりました。ただ静かに痛みに耐えている姿はいたたまれなくなり、見ていて辛いのですが、ほんとにかっこいいなと思いました。

 

そしてそこからまもなく子宮口が全開になり、ここまで我慢してきたいきみ限定解除されました。

 

そこからの妻は波に乗ったのか、力強くいきんでました。どこにそんな体力あるのかわかりませんが、ここまで20時間も痛みに耐え、一番痛いであろう山場を乗り越えられるのは、母になる力なのでしょうか。よくわかりません。

 

7/6 16:00

血なのか何なのか、肉塊のようなものを看護師さんが取り上げました。

最初はほんとに「なにあれ」と思いましたが、どうやら赤ちゃんのようです。

 

不思議と感動はなく、そんなことより、裂けたお股を縫合されることにこの日一番の大声で抵抗している妻が横にいて、赤ちゃんよりも何よりもこれが終わるまでは離れたら可哀そうに思えて、それどころではありませんでした。

終わってもなお地獄のような声を出していて、

 

赤ちゃんは今いいから、こっちに集中させてくれよ!

 

と思っていました。だってめっちゃ可哀そうなんですもん。

 

ドラマのような、あんな綺麗な出産シーンなんか探してもほとんどない気がしました。所詮テレビだなって。

 

7/6 20:00

赤ちゃんは諸事情でNICU(Neonatal Intensive Care Unit:新生児特定集中治療室)に入ることになったのですが、もろもろ片付いたので会いに行きました。

 

はじめは「なんだこの赤黒いサルは」と感動のかの字もなかったのですが、むくみも落ち着き、綺麗になった赤ちゃんを見たときは

 

は?めっっっっっちゃかわいい。

 

と言いました。言いました。ほんとです。言いました。

 

初めてのミルクをあげたんですが、上手に飲んでいて、もう何してても可愛かったです。

 

おわり

こんな感じでぼくの初めての子供は生まれてきました。その後数日病院に出向きましたが、何回あっても可愛いです。

 

世の男性方は、奥様が許すのであれば、ぜひ近くにいてあげてください。妻曰く、いてくれるだけで助かった。いないと不安になる。とのことでした。

 

さて、ぼくが体験した陣痛はこんな感じでした。

男は何もできません。何もしてあげられません。その目の前で頑張っているのは女性です。

だからせめて勇気づけてあげてください。

 

もういやだ

 

やめたい

 

こんなに痛いなんて聞いてない

 

早く腹を切ってくれ

 

死にたい

 

こういった言葉を常にと言っていいほど口にしてしまうくらい痛いのだそうです。だからできることなら近くにいて、励ましてあげてください。

 

ちなみに妻は「もう寿司なんかいらない」と言っていました。

*1

 

これからお父さんになる少し後輩のみなさんへのアドバイスになればと思います。

 

 

 

 

 

 

それでは、さようなら。

*1:お義母さんが出産後に寿司をおごってあげると約束していました。無事食べました。